ここは下町の雰囲気を色濃く残しているところだが、新しく建て替わる住宅は決まったように玄関戸にアルミの規格品が使われ、それを閉めると家の表情は閉鎖的で冷たいものになる。街路にそんな家ばかりが並んだら、きっと住みづらい街になるだろう。密集していても住んで良きもの、潤いのあるものが下町の良さである。このままでは上下左右の住人の顔がわからぬマンションの構図が平面に散らばったのと同じような街になるだけだ。そうならないための家のあり方を探った。

この家の前面道路は、幸いにも車両が入れない「遊戯道路」というものだった。街路と家を強く結びつけるには好条件である。縁台を置き、内部を意識的に見せるようにし、目隠しのスクリーンに昔ながらの簾をかけた。内部と街路の良い関係が生まれ、行き交う近隣の人々との間に挨拶を交わさずとも閉鎖的でない暖かさが伝わる。今、下町はそれほど良いものばかりではないが、失いかけているものの大切さをこの家は語りかける。この若夫婦に子供ができた時、それがわかるかも知れない。

道路は表裏両面にあり、両方とも2項道路であった。道路境界後退で敷地が削られ、残った敷地面積は36.75㎡。そこに建ぺい率60%がかかる。高度が3種だったのがせめてもの救いで木造在来工法の3階建を計画した。しかし、仮に総3階建としたところで延べ床面積は66㎡であり住宅金融公庫の最低面積に達せず、融資は不可となる。住金のいう「最低限の文化的な生活が営めない面積」である。

しかしそれに負けないクライアントの愛着があり、それに応えるべくして建てたのがこの家である。家の特徴と言える円筒形のくり抜きは建ぺい率に入らない部分であり、内部に照明を仕込んで巨大な行燈を作った。天井照明は一切使わず、どの部分(トイレや浴室)も行燈を主照明にしている。横からの光は心を落ち着かせてくれる。天井からの照明だと人の表情に影ができてコントラストの強い顔になるが、横からだと優しい表情に見えるものだ。

この家を作りながらつくづく思ったことがある。建ぺい率ってなんだろう・・・。

階段部が吹き抜けになるので3階建だと冷暖房に弱い。そのためこの家では高断熱仕様とし家全体を冷暖房してしまう方法をとった。それは、普通の部屋を一つ冷暖房するくらいの小さな機器で家全体を賄えるはずである。その方がトイレなどにもムラなく快適な冷暖房ができて体に良い。大げさな機械や手間のかかるパッシブソーラーよりも簡単な施工ですみ、予算的にも楽で、その上快適になるのでこの方法は気に入っている。

夏の輻射熱を遮断するために屋根は2重にして空気層を設け、空気が抜けるように作ったので屋根裏となる3階部分も快適である。西日は、巻き上げ式の簾で遮断でき、通風のために窓を開ける。冬は1階のみ暖房すれば家全体の暖房となり、それも昼の日射があった場合はほんの短時間の暖房ですむ。

木造3階建は意外と手軽だった。構造計算してみると、1階柱は120角でよく筋違 もそれほど邪魔にならずに配置できた。

今、自分のいのちと正面から付き合うことが重要である。いつの世もそうだと思うのだが、近年のごく短い時期、いのちがファッションと同格になったことがある。それに合わせて建築もファッションになったようだ。建築を時代のうわずみで作るのではなく、時代の底を作っていきたいと思う。

(住宅特集に寄稿 1992年)

 

竣工年 :1992年

所在地 :東京都荒川区

主要用途:専用住宅

施工  :直営

規模  :木造地上3階建
・・・・・敷地面積 36/75 ㎡
・・・・・建築面積 22.02 ㎡
・・・・・延べ面積 61.22 ㎡

 

掲載誌 :日経アーキテクチャ 1992-6-8 (432)
・    日経アーキテクチャ 住宅選集’92
・    建築文化 1992-7
・    建築文化 住宅年鑑’93
・    新建築 住宅特集 1992-7
・    室内 1992-8(452)
・    彰国社 家づくり図集2
・    新日本法規 現代住宅設計モデル集1
    毎日新聞 1991-9-22 ”新すまい事情
・    その他多数

受賞  :住宅建築賞 審査員特別賞 平成4年

その他   : TV朝日 「建物探訪」